おはようございます。kinystaです。
今日は2026年1月25日、日曜日。 皆様、いかがお過ごしでしょうか。 休日の朝といえば、コーヒーを飲みながら優雅に過ごしたいものですが、私の日曜日は朝から「激しい運動」で始まっています。
リビングの真ん中で、ある「巨大な敵」と格闘しているのです。 冬用の分厚い羽毛布団です。 今日はこれのカバーを洗濯し、新しいものに付け替えるというミッションを自分に課しました。
しかし、この「布団カバーの付け替え」という作業、皆様もご存知の通り、極めて高度な身体能力を要求されます。 裏返しにしたカバーの中に腕を突っ込み、四隅の紐を正確に結び、バサッと広げて均一に整える。 一歩間違えれば、中で布団が団子状になり、取り返しのつかないことになります。 息を切らしながら、巨大な布の塊を振り回す私の姿は、端から見れば一人相撲か、あるいは前衛的なダンスのようでしょう。
一息ついてAndroidスマホで今日の日付を検索してみると、奇しくも今日が、人類が寒さと戦いながら技を競い合った、記念すべき日であることを知りました。 今日、1月25日は、「第1回冬季オリンピック」が開催された日です。
1924年、シャモニーで始まった「冬のスポーツ週間」
今から100年以上前の1924年(大正13年)。 フランスのシャモニー・モンブランというリゾート地で、記念すべき第1回冬季オリンピック競技大会が開幕しました。
実はこの大会、開催当初は「オリンピック」という名前ではありませんでした。 「国際冬季スポーツ週間」という、なんとも控えめな名称でスタートしたのです。 しかし、その成功を受けて、後にIOC(国際オリンピック委員会)が遡って「第1回冬季オリンピック」と認定しました。
参加したのは16カ国。 フィギュアスケートやスピードスケート、アイスホッケー、ボブスレーなどが行われました。 氷の上や雪の上という、足元の悪い不安定な環境下で、人間がいかに美しく、速く動けるか。 それは単なる運動会ではなく、自然環境に対する人類の挑戦の歴史でもあります。
「芸術点」と「技術点」の難しさ
冬季オリンピック、特にフィギュアスケートなどで印象的なのが、採点基準の厳しさです。 どれだけ高くジャンプしても(技術点)、着氷が乱れたり、表現力が足りなかったり(芸術点・構成点)すれば、メダルには届きません。
「やった! 完璧に飛べた!」と思っても、スロー再生で見ると回転不足だったりする。 自己評価と、審判(ジャッジ)の評価には、往々にして残酷なほどの乖離が生まれるものです。 100年前のアスリートたちも、きっと電光掲示板の点数を見て、膝から崩れ落ちたことでしょう。
結論:私の演技は「回転不足」だった
さて、冒頭の「布団カバー交換」という名の競技に戻りましょう。
数分間の激闘の末、私は見事にカバーを装着しました。 四隅も完璧。表面のシワも伸ばした。 「よし、金メダル級の仕上がりだ」 私は満足げに、ふかふかになった布団をベッドにセットしました。
そこへ、遅れて起きてきた同居人(審判長)が登場しました。 彼女はベッドに近づき、私がセットした布団を冷ややかな目で見つめ、一箇所を指差しました。
「ねえ、ファスナーのところ、布が噛んでるけど」 「あと、中の紐、一箇所結び忘れてない? 真ん中がズレてる」
……減点です。 いや、減点どころか、これは失格レベルのミスです。 外見(芸術点)は良くても、中身(技術点)がボロボロだったことが、プロの目には一瞬で見抜かれてしまいました。
「やり直し」 審判長からの非情な宣告が下されました。 1924年のシャモニーでも、これほど厳しいジャッジはなかったのではないでしょうか。
私は今、静かに布団のファスナーを開け、再び「第2ヒート」に挑もうとしています。 冬のスポーツは、観るのもやるのも(家事も)、甘くはありません。
皆さんも、家事には「見えない部分の丁寧さ」をお忘れなく。 それでは、行ってきます(再試合へ)!