【スマホ史・前編】19年前の今日、iPhone爆誕。世界最強だった「ガラケー」が支配していた時代。

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おはようございます。kinystaです。

今日は2026年1月9日、金曜日。 関東平野に吹き荒れる「空っ風(からっかぜ)」が、今朝も私の肌から水分を容赦なく奪っていきます。 駅のホームで電車を待っているだけで、体感温度は氷点下。 思わずコートのポケットに手を突っ込み、暖を取りながら、指先である「遺物」に触れました。

それは、昨夜の大掃除で引き出しの奥底から発掘された、「謎の充電ケーブル」です。 USB-Cでもない、Lightningでもない、Micro-USBでもない。 先端が平べったく、妙に幅広で、左右に小さな爪がついている黒いケーブル。

「これ、なんのケーブルだっけ……?」

その答えを探る旅は、そのまま現代のテクノロジー史を遡る旅へと繋がっていました。 今日は、19年前の今日、2007年1月9日にサンフランシスコで起きた「革命」と、それ以前の私たちが生きていた「ガラパゴスの楽園」について語り尽くします。

これは、スマホが空気のように当たり前になった2026年の今だからこそ書き残しておきたい、「スマホ全史・前編」です。

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第1章:2007年以前、そこは「物理キー」の支配する世界だった

まず、時計の針を2000年代中盤に戻しましょう。 当時の日本は、テクノロジーの孤島、いや「ガラパゴス諸島」でした。

世界最強だった「iモード」

今の若い人は信じられないかもしれませんが、iPhoneが登場するずっと前から、日本人は携帯電話でインターネットをしていました。 1999年に始まったNTTドコモの「iモード」。 これは、ある意味で世界で最も進んだモバイル・インターネットでした。

  • メールが打てる。
  • ニュースが見れる。
  • 電車の乗り換え案内が調べられる。
  • 着メロ(後に着うた)がダウンロードできる。
  • おサイフケータイで買い物ができる。
  • ワンセグでテレビが見れる。

これら全てを、あの細長い折りたたみ式の端末、通称「ガラケー(フィーチャーフォン)」一台でこなしていたのです。 物理ボタンを「カチカチカチッ」と高速連打し、目にも止まらぬ早さでメールを打つ女子高生たちは、当時のサムライでした。

「スマートフォン」はオタクの道具だった

当時も「スマートフォン」という言葉はありましたが、その意味は今とは全く違います。 BlackBerryや、Windows Mobileを搭載した「W-ZERO3」などを指す言葉でした。

これらは「電話」というより「小さなパソコン」。 操作には「スタイラスペン」という細い棒が必要で、画面の小さな「×」ボタンをペン先で必死にツンツン突く必要がありました。 あるいは、小さなQWERTYキーボードがついていて、両手でプチプチと文字を打つ。

当時の私は思っていました。 「こんな使いにくいもの、誰が使うんだ? ガラケーで十分じゃないか」と。 そう、世界中の誰もが、物理キーボードこそが正義だと信じて疑わなかったのです。

あの日までは。

第2章:2007年1月9日、ジョブズの予言

19年前の今日。 サンフランシスコで開催されたMacworld Expo 2007。 黒のタートルネックにジーンズ姿のスティーブ・ジョブズは、ステージ上で歴史に残るプレゼンテーションを行いました。

彼はこう切り出しました。 「今日は、3つの革新的な製品を発表します」

  1. ワイドスクリーンの、タッチ操作できるiPod
  2. 革命的な携帯電話
  3. 画期的なインターネット通信機

会場の観客は「3つの新製品が出るのか!」と色めき立ちました。 しかし、ジョブズは同じ言葉を繰り返します。 「iPod、電話、インターネット……iPod、電話……」

そして、ニヤリと笑って言いました。 「これらは、3つの別々のデバイスではありません。ひとつのデバイスです」

「我々はこれを、iPhoneと呼びます」

「物理キー」の葬送

この発表の最大の衝撃は、端末の前面から「キーボード」を消し去ったことでした。 当時の常識では考えられない暴挙です。 「ボタンがなくて、どうやって電話をかけるんだ? メールを打つんだ?」

ジョブズの答えはシンプルでした。「マルチタッチ」です。 スタイラスペンという「仲介役」を排除し、人間が生まれながらに持っている最高のポインティングデバイス=「指」で直接触れる。 画面をなぞってスクロールし、指を開いて写真を拡大する。 今では赤ちゃんでもできるこの操作が、当時は魔法のように見えました。

しかし、当時の日本の反応は冷ややかでした。 「赤外線通信がないじゃないか」 「おサイフケータイが使えないなんて不便すぎる」 「絵文字がないメールなんてメールじゃない」 「電池が持たない」

日本のガラケーはあまりにも高機能になりすぎていて、初期のiPhoneは「機能の足りないオモチャ」に見えたのです。 この時、まさか数年後に日本の携帯メーカーが駆逐されるとは、誰も予想していませんでした。

第3章:2008年、黒船来航。「iPhone 3G」の衝撃

初代iPhoneは日本では発売されず、翌2008年、後継機である「iPhone 3G」がソフトバンクから発売されました。 これが、日本におけるスマホ時代の幕開けです。

表参道のソフトバンクショップには長蛇の列ができ、テレビニュースはお祭り騒ぎ。 「乗るしかない、このビッグウェーブに」という名言(?)も生まれました。

しかし、初期のiPhoneユーザー(人柱たち)は、多くの苦難と戦うことになります。

  • コピペができない: 信じられますか? 初期のiPhoneは文章のコピー&ペーストができませんでした。
  • MMSが非対応(当初): キャリアメールの扱いが面倒でした。
  • アプリが少ない: App Storeが登場したばかりで、今のような便利なアプリ環境はありませんでした。
  • 周りの視線: 「え、それ赤外線できないの? 連絡先交換どうするの?」というガラケー勢からの冷たい視線。

それでも、iPhoneには抗いがたい魅力がありました。 それは「PCサイトがそのまま見れる」という圧倒的な情報量と、「Googleマップ」が手のひらで動くという未来感です。

ヌルヌルと動く画面。 指に吸い付くような操作感。 一度これを体験してしまうと、もうカクカク動くガラケーの画面には戻れませんでした。

「これは電話じゃない。インターネットそのものだ」

私たちは気づき始めたのです。 ガラケーという「檻」の中で満足していたけれど、外にはもっと広大な世界が広がっていたことに。

第4章:アンドロイドの逆襲と、ガラケーの終焉

iPhoneの独走を許すまいと、Googleを中心とした連合軍も動き出しました。 「Android」の登場です。

日本では2009年、ドコモから「HT-03A」というAndroid端末が発売されました。 当初は「iPhoneの偽物」「動作が重い」などと揶揄されましたが、AndroidにはiPhoneにはない武器がありました。 それは「自由度」と「多様性」です。

物理キーボード付きの機種、防水機能付き、ワンセグ付き。 メーカー各社は、ガラケーで培った技術をAndroidに詰め込み、日本独自の進化を遂げたスマホ、通称「ガラスマ」を生み出していきました。 XperiaやGalaxyといった名機が登場し、iPhone vs Androidの壮絶なシェア争いが始まります。

一方、かつての王者ガラケーは、急速にシェアを失っていきました。 電車の中でパカパカと携帯を開く音は減り、誰もが黒い板(スマホ)を指で擦る光景が日常になっていきました。

2010年代前半。 それは、私たちが「物理的な感触」を捨て、「ガラスの向こう側の情報」を選んだ転換点だったのです。

第5章:kinystaの「選択ミス」

さて、そんな激動の歴史の中、当時(2008年頃)の私はどうしていたか。

私は、iPhone 3Gの発売日、家電量販店にいました。 新しい時代の風を感じていたからです。 しかし、私はiPhoneを買いませんでした。

なぜか? 当時の私は、関東に引っ越してきたばかりで、テレビ(ワンセグ)が見られないと寂しいと思っていたからです。 そして何より、mixi(ミクシィ)やモバゲー全盛期。 「物理キーボードがないと、日記やゲームの更新速度が落ちる!」 そんなオタク特有の懸念が、私の判断を狂わせました。

私がその日、大枚をはたいて買ったのは、iPhoneではなく…… 「某メーカーの、全部入りハイスペック・ガラケー(スライド式)」でした。

「見てくれ、この画質の良さ! ワンセグのアンテナも伸びるぞ!」 「赤外線通信もバッチリだ!」

私は得意げでした。 しかし、その半年後。 飲み会で友人が出したiPhone 3GSで、「Googleマップ」を見せられた時、私の優越感は粉々に砕け散りました。

彼が指先ひとつで地図を拡大・縮小し、現在地を瞬時に把握している横で、私はガラケーの「↓」キーを連打し、カクカクと地図をスクロールさせ、サーバーへの通信待ち時間にイライラしていたのです。

「負けた……」

私がポケットの中で握りしめた「全部入りガラケー」は、その瞬間、最新鋭の機械ではなく、時代に取り残された化石のように感じられました。

前編の結論:あの「ケーブル」の正体

話を冒頭に戻しましょう。 昨夜、私が引き出しの奥から発掘した「謎の充電ケーブル」。 平べったくて、幅広で、爪がついている黒いアイツ。

その正体は、私がiPhoneを選ばずに買ってしまった、あの「ガラケー専用の充電器(FOMA/SoftBank 3G共用コネクタ)」でした。

今となっては、何の役にも立ちません。 どのスマホにも刺さらないし、モバイルバッテリーからも給電できない。 ただの燃えないゴミです。

しかし、このケーブルを見るたびに、私は思い出すのです。 テクノロジーの進化を見誤り、変化を恐れ、「現状維持(ガラケー)」を選んでしまったあの日の敗北感を。

1月9日。 iPhoneが生まれたこの日は、私にとって「未来を見る目」の大切さを再確認する日でもあります。

……さて、長くなりましたが、これはまだ「スマホ前夜」から「黎明期」までの話。 この後、スマホは爆発的な進化を遂げ、SNSの普及、カメラの高性能化、そして「スマホ依存」という新たな現代病を生み出していきます。

明日の【後編】では、4G/5Gの登場、AIの搭載、そして2026年の現在に至るまでの「成熟と停滞」の歴史を語りたいと思います。 私がガラケーの次に選んだスマホが、またしても「とんでもないマイナー機種」だった話も含めて。

それでは、乾燥した関東の空の下、今日も指先を保湿して頑張りましょう。 行ってきます!

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